特集 あなたと私の人生会議を考える 第6回


【特別養護老人ホームで看取りをする時代になって 山本 進】 より抜粋

平成12年4月1日から公的介護保険制度がスタートしました。この日から私はしゃくなげ荘の施設長として勤務することになりますが。当時はまだ「福祉のターミナルケア」問題の影響を引きずっており、看取り介護の実践には至りませんでした。しかし、施設利用者の高齢化・重度化は確実に進行しており、病院も高齢者の長期入院(社会的入院)の受け入れに慎重な態度を示し始めたことが問題になりだしたころに厚労省が動きました。平成18年度の介護保険の改正において、看取り介護保険を創設したのです。特養で看取りをしたいと思い続けていた私にとって渡りに船でした。

この年、病院での延命治療と本人の同意をめぐり決定的なニュースが報じられました。富山県の射水市民病院において、外科部長が回復の見込みがないと診断されていた7人の患者の人工呼吸器を取り外して、死亡させたという内容でした。一部は本人または家族の同意が記載されていたようですが、検察の判断は人工呼吸器の取り外しは延命措置の中断に過ぎず、外さなくても同時期に死亡する可能性が高かったので不起訴とされました。川崎協同病院事件のように筋弛緩剤の投与などがあれば積極的な安楽死として違法とされましたが、今回の件は単に延命措置を中断し取りやめたということで違法性は問われなかったのです。

 

翌年、厚労省から「高齢者の終末期に関するガイドライン」が出され、延命治療の中断・差し止めにあたっては本人の同意を必ずしも条件とせず、家族や医療・介護関係者による丁寧な合意があればよいというものでした。加算の額は決して高くはなかったのですが、金額の問題ではなく、特養ホームでの看取りが国のお墨付きを得て粛々と実践できるようになったことの意味が大きかったのです。さまざまなチューブにつながれて、いわゆる“スパゲティ状態”になるのはいやだという意思表示が社会に広がりだした時期でもあります。

今回は林先生に、「高齢者の終末期に関するガイドライン」をテーマにお話ししていただきます。

へその少し上の皮膚から胃に直接チューブを入れて、薬や流動食を注入できるようにしたものが胃ろうです。もしも自分で口から食べられなくなっても、胃ろうを造って水分や栄養を補給すれば、生きることが可能です。私が消化器内科医としてキャリアをスタートさせた1990年代、胃カメラを使って胃ろうを造ることが容易になり、私自身もたくさんの胃ろう造設を行ってきました。
胃ろうを使う患者さんは様々です。ALSという神経難病では、飲み込む筋肉を含めて、全身の筋肉が動かせなくなりますが、意識は清明で、胃ろうによる人工栄養と人工呼吸器を用いながら国会議員を務める方が話題になりました。
喉(のど)の癌の手術後で飲み込みの筋肉だけが障害されている方は、身体はピンピンされていますから、胃ろう状態でも、普通に日常生活やスポーツを楽しむことが出来ます。
脳卒中などで半身麻痺が残り、飲み込みが出来なくなっても、胃ろうを使って在宅で生活される方もいます。

しかし、良い状態で生活出来るのは一部の方たちだけで、誤嚥性肺炎を繰り返しては、抗生物質を投与され、看護師が頻回に痰を吸引することが日常となっている、いわゆる植物状態の方も多いのが実情です。胃ろうにすることが本当に本人にとって最善の選択なのかと考えさせられるケースです。
それでも私たち医療者は、自分で食べられなくなった時に、人工栄養を行わないと確実に死に至るので何らかの人工栄養が必要だと、全ての家族に説明していました。
なぜなら、老衰や認知症の終末期、いわゆる植物状態の方に人工栄養を行わないという選択肢を提示することが倫理的、法的に問題ないのか、社会的コンセンサスが得られていない状況だったからです。
2000年以降になると、そうした議論が活発になります。

私にとっての大きな転機は、2012年に発表された日本老年医学会の≪立場表明≫と≪ガイドライン≫でした。

「高齢者の終末期医療およびケア」 に関する日本老年医学会の立場表明 2012
胃ろう造設を含む経管栄養や、気管切開、人工呼吸器装着などの治療は、本人の尊厳を損なったり苦痛を増大させたりする可能性があるときには、治療の差し控えや治療からの撤退も選択肢として考慮する必要があると示した

「高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン ~人工的水分・栄養補給の導入を中心として~」
人人工栄養の導入や差し控えを、本人・家族や医療・介護・福祉従事者が、繰り返し話し合って進める意思決定プロセスが示された
※このガイドラインに則った意思決定プロセスを進めれば、法的な問題は生じないと、元最高裁判事を含む多くの法律家が賛同した

これを境に、全国的な胃ろうの造設件数は減少していきます。私自身も患者さんや家族に堂々と人工栄養を差し控える選択肢を提示するようになったため、その後の胃ろう造設件数は半減しました。
2010年代後半には、多くの学会が人生の最終段階における医療に関わるガイドラインの作成や提言を行い、意思決定を進めるうえで、困ったときの道標として役立つようになってきました。

2018年には厚生労働省の≪ガイドライン≫が改訂になりました。

「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」

人生の最終段階における医療・ケアの開始・不開始、変更、中止等は本人による意思決定を基本とし、多専門職種の医療・介護従事者から構成される医療・ ケアチームと十分な話し合いを行い、最善の方針を選択することが示された

 

しかし、実際には人生の最終段階になった時、自ら意思表示できないことが少なくありません。そういう時にガイドラインは本人の推定意思を尊重するとしています。

ですから、自分で意思表示できる元気なうちに、人生の最終段階になった時には、どういう医療やケアを受けたいのか、家族やかかりつけ医などの医療・ケアチームと良く話し合って、意思を共有しておくこと、すなわち人生会議が大切なのです。